未完成の箇所があるようですが

追記も特にないようですから、おれに読み取れる範囲でお答えします。

  • 民主主義

提督氏は民主主義と資本主義を同じ意味だと思っておられるのでしょうか。ウェーバーは資本主義の発展速度の違いを論じたもので、民主主義について論じたのではないと思っていましたが。ついでに言えば、どうせなら同じウェーバーでも『儒教道教』を参照するほうがよりふさわしいと思うのですが。まあどちらも古い本ですから、今の中国に適用できるとも思えませんけれど。話がどんどん逸れていってますが、そもそもこの話題は、提督氏が言われる中華思想の根拠は薄弱ではないかというおれの疑問から出発しています。ウェーバーの説はそれでなくても多数の批判を受けていますが、提督氏の所説に統計的な根拠がおありだといわれるならば、是非とも拝見したいものです。

神道にも教義はあります。統一された教義はなくとも、個々の神道家たち(とりわけ近世にそうした傾向が強まりますが)は神典の解釈と同時に、神道人のふみ行うべき道を模索し続けてきました。神道家が遺した著作を読めばすぐにわかることです。おれが知りたいのはそうして蓄積されてきた神道の長い伝統において、靖国の立場を合理的に説明可能な典拠です。御存知でないならば、憶測を開陳していただく必要はありません。
神道はその時代の民衆の精神の反映とおっしゃいますが、それなら今参拝に賛成するのは国民皆兵に戻りたいということですか?いよいよ一部中国人が批判する、軍国主義の復活という見方に裏づけが与えられそうですね。

  • 国交など

おれが言っているのは、そんな裏取引なんてものが本当に存在するのか分からないということと、そもそも国交交渉をやり直す必要を感じないということです。日本語の「国連」も「連合国」も中国語では「連合国」ですが、常任理事国入りの問題が歴史認識と絡めて論じられるのはそういう意味では論理的であって、常任理事国入りが言わば「寝た子を起こす」ものとして作用したのは不思議なことではありません。前にも少しだけ書きましたが、中国では国連は第二次大戦の戦勝国に由来するということが日本よりも数段強く意識されています。おれ個人としては常任理事国になる必要があるとは思いませんが、首相はなりたいと言う。しかし首相はその一方で、こと歴史認識に関して中国側の心証を害するようなまねばかりしている。これで本当に常任理事国になれると思っていたのか、中国側からこうした反応が起きるであろうことを予想していなかったのか、おれに理解できないのはまさにこの点です。首相は一貫して中国の意見を無視していますが、これがもしも事前の予想に基づく対策であったとしたら実に頼りないことだと思いますが。
提督氏の見るところによれば、我らが首相は実に悪辣な人物のようですね。不統一極まりない発言の陰に、相手の弱腰を見越して挑発する意図があるとは大した人物ではないですか。一応レポートも読みましたが、どこにも挑発の根拠など見つからないのですが。どのみち、挑発を繰り返すような状態はあまり誉められたものとも思えませんね。提督氏は一部企業の損害も日本全体から見れば些細なこととおっしゃいますが、同胞に対する仕打ちとしては残酷なものと言うべきでしょう。同胞に犠牲を強いてまで首相に公式参拝(首相は個人の信念と言っていますが)してもらいたいという提督氏のお考えは、相変わらずおれには理解できません。
山岡荘八の『小説 太平洋戦争』を読んだのはもう随分前になります。今は手元にもないので間違いがあるかもしれませんが、確かあれの終盤、自殺に失敗した東条英機に向かって、ある僧侶(花山信勝だったか?)が「自殺の失敗は神霊の賜物です。陛下に累を及ぼさないために、いわば身代わりとしてあなたには生きのびて、刑を受けていただかないといけないのです。」というようなことを言って東条が感涙を流すというシーンがあったと記憶します。これが山岡荘八の解釈に過ぎないのか、あるいは何か取材に基づいているのかは知りませんが、もしも本当なら東条は罪人扱いに不満はないと思いますがね。
ついでに、提督氏の中国に対する根深い差別意識もおれの理解力を超えています。自虐史観に反対する連中はその裏返しとして自慰史観とでも呼ぶべきものに陥って、内輪で日本を賛美しあうようになる。そうした自画自賛こそ中共にそっくりだというのに。ときおり言われることですが、中国を嫌う人間はしばしば自分自身が批判する中国の悪いところをそのまま体現するようになる。提督氏の差別意識などはその典型ですね。おれに言わせれば、提督氏自身こそが提督氏の所謂「中華思想」的です。

北京到着初日

去年の8月末におれは初めて北京にやってきたわけだけど、昨日の予告どおりその当時のことを。
夕方、飛行機は少し遅れて首都空港に着いた。怪しげな中国語でどうにかテレホンカードを買って電話を済ませ、タクシーに乗って大学へ向かう。ぼられることを恐れて一応客引きはすべて追い払ったが、かといって自分が乗ったタクシーが普通であるのかどうかが判別できない。俎板の鯉とはこの心境かと思ったが、特に問題ないまま大学に到着したのは夜の8時過ぎだったろう。
この時点でおれの最大の懸念は、今日どこに泊まるかであった。あては一応あった(実はこれとて思い込んでいただけだったわけだが)にせよ、暴挙である。もしもおれが中国はもう何度も来ていて現地に友人がいて、といった人間であれば「素人にはおすすめできない」とか言っておけば格好がつくが、以前書いたように、中国はおろか海外が初めてだった。ちなみに今だからこそ言えるが、8月末から9月初めごろは各国から留学生が殺到するために、満室のホテルがほとんどだ。素人はおろか、玄人にもおすすめできない。まして、おれの飛行機は夕方に到着する便だった。我ながらよくやったと思う。
あてというのは大学内のホテルのことだったのだが予約無しでは泊まれるわけもなく、担当の女性に泣きついたところ、おれと同じ境遇の白人の女の子二人と一緒にすぐそばのホテルに泊まれるように手配してくれた。担当者は何のためらいも無く「三人一部屋でいいか」と言い、三人とも拒否しなかった。この瞬間おれの頭脳は高速回転を始めたが、不埒な妄想はさておき、相手が白人では英語を使わざるを得ない。初日からこの展開はまるで予想していなかった。自分の不勉強を後悔する。ところがホテルに着くと、何事も無かったかのように二部屋をあてがわれた。無論、おれ一人と彼女たち二人である。勿体無いとか思うよりも、英語をしゃべらなくて済むことに安心した。勉強はきちんとやっとけということだろう。
次に予想していなかったのは押金600元だった。カードを作るのは出発間際の忙しさから間に合わなかったため、現金で出さざるを得ない。押金という制度は知っていたが、まさか600元も要求されると思っていなかったのだ。ぎりぎりで足りたから良かったものの、この時点で財布の中身は数十元しかなかったと記憶する。慣れないながらもどうにか夕食をすませ、シャワーを浴びて一息つくと、こまごました忘れ物が多いことが徐々に明らかになって気分が沈んだが、こっちで買えばいいだろうと開き直って、テレビを少し見てからすぐに眠りについた。

暑い

エアコンの無い部屋で過ごすのはおれの人生で数年ぶりなわけだが、どうしようもなく寝苦しい。湿気が無い分北京の夏は過ごしやすいとか聞いていたけれど、おれにとっては相当厳しい。真夏の最高気温は今よりも上がるという話だが、今だって午後の暑さはかなりこたえる。この大学に唯一不満があるのは寮の設備だが、この熱気だけはどうにかならないものか。アイスばかり買ってしまう。
太陽に焼かれたアスファルトの上を歩いていると、去年北京に到着したばかりの頃を思い出す。あの時期のことを書こうと思っていたのにずっと書いていなかった。今思い出しても楽しかった日々だ。まあ楽なことばかりじゃなかったけれど、今ならそれも含めていい思い出だと言える。
明日からのんびりと書いていこうと思います。

レスです

提督氏は火曜日にここにいらっしゃるようですね。
ある国民の性質が民主主義に適合するか否かなどという話もおれにはよくわかりません。中国の反日的言説にもよく素質の話が出てきますが、そもそもおれは一国民全てに共通する素質とか性質なんてものは、およそ曖昧な印象に過ぎないということが言いたかったわけです。それはおれと提督氏の食い違いからも明らかでしょう。中国であれ日本であれ他のいずれの国家であれ、ある程度の全体的印象は述べることができたとしても、それに対する反証はすぐに見つかることでしょう。そもそもおれは中国人の性質とか素質といったものを論じたのではなく、民主化すれば中国は日本並みになると主張したわけでもなく、中華思想の根拠が賄賂というのは疑問があるということを述べたに過ぎません。
分祀不可能については、何度も引いて恐縮ですが、おれは4月25日の日記で分祀靖国側が受け入れないであろうと記しておいたはずです。位牌は無くて名簿があることは承知しています。神社本庁分祀は不可能と言っているようですが、両者が主張しているのは、前例が無いということに過ぎません。明治生まれで、それ以前の神道との関連も不明瞭な靖国について前例とか言われても、というのが正直なところです。靖国は近代以前の神道とどれだけ連続しているのかという点はおれには未だによく理解できないですね。
少し話が逸れますが、これは以前からの疑問なので。例えばおれが読んだことのある前近代の神道家は、皆記紀神話の研究を行い、彼らが自説を述べることも基本的にそれら神話の注釈書を著すことを通してなされる場合がほとんどです。仏教や儒教の助けを借りるものもそうでないものも、また古事記日本書紀のいずれに重点を置くかという違いはあるにせよ、記紀だけは放棄していなかった。そうした神話中の神を祭神とするというのは理解できます。それとは別に人間を祀る場合については、死んだ一人の人間が一つの神格になるということは以前からありますが、死んだ複数の人間が一つの神格になるという話は聞いたことがありません。これは祭祀者の資格を問題にする文脈で出てくる議論ですから厳密には話が違うのですが、日本人はすべて神の子孫であって同一の気の流れに属するという説は江戸時代に確かにあります。これを応用すればある程度合祀は説明できますが、しかしそうなると今度は靖国が賊軍を祀らないことや韓国、台湾などの戦没者を祀っていることと矛盾します。靖国が全面的に前近代と連続していなければならない理由はありませんが、前近代のものとの連続性が認められないものが、前例が無いことを楯にするのは今のおれに対して説得力がありません。新しいものに前例が無いのは当然です。これは皮肉ではなく本当に知りたいことで、ご存知の方がいれば是非ご教示願いたいのですが、靖国の立場は神道の古典で説明可能なものなんでしょうか。大国隆正でも読めば出てくるのでしょうか。
提督氏は、戦犯だけにとどまらず国民全てに戦争責任を認めて、なおかつ国交交渉をやり直すべきであり、その交渉の過程で想定される不利益も克服可能とお考えということでよろしいでしょうか。それなら以前書いたように、一つの考え方ではあるでしょうが、不利益克服可能な根拠が裏取引というのは心もとない限りですし、おれには現在の国交が白紙に戻さねばならないほどに欺瞞に満ちた深刻な関係だとは思えませんけれど。むしろ、関係悪化に拍車がかかっているのはつい最近のことだと思います。これは日本政府の否定にも関わらず、中国政府が常任理事国の件と関連させて歴史問題を考えるからでもあるわけですが、これについてはおれよりも詳しいサイトがあるのでこちらをどうぞ。
http://kangbuk.g.hatena.ne.jp/Jonah/20050518/p2
http://kangbuk.g.hatena.ne.jp/Jonah/20050613
首相の考えはおれと提督氏のいずれとも違う点があるようです。説明して理解してもらえれば問題は無くなるというのが基本方針のようですし、公式参拝を問題の核心とは思っていないと言っています。かといって東京裁判の結果に異論はないようだし、中国との国交交渉をやり直す気があるという話も聞いたことがありません。最近首相が強調するのは日本の自主性のようですが、その一方で中国政府の言い分を内政干渉だとは思っていないという。おれには首相の考えがよくわからないですね。今のところ首相の打つ手はあまりうまくいっていないようにしか見えません。

Musical Baton

巷で流行っているというミュージカルバトンが、よもやおれのところまで来るとはかけらも予想していなかった。Jonahさん、ありがとうございます。自分が音楽に関して趣味の良い人間だとは思わないし、自分の内幕を晒すみたいな気恥ずかしい感じもあるのですが、言い訳はほどほどにしてとにかくやってみましょう。
Q:Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
A:664.3MB
以前にも書いたように、おれは留学中の今年二月にPCを買い換えた。以前のPCはハードディスクが10Gという旧式だったので、音楽を取り込むこと自体やる気がなかったというか、できなかったのだ。それを思うと、この数ヶ月でよく溜め込んだといっていいのかも知れない。ただJolinのVCDを取り込んだりしてるせいでデータが膨れ上がってるということもあるから、曲数自体はそれほど多くない。多分100曲も無いと思う。
Q:Song playing right now (今聞いている曲)
A:蔡依林「獨佔神話」のMTV。
バトンを渡されたことに気がつく直前までヘビーローテで聞いて(観て)いたのは、やっぱり蔡依林。これまでしょっちゅう書いてきてますから古い読者には今更説明もいらないでしょうが、台湾でもっとも人気があるアイドルだ。白っぽい衣装と黒っぽい衣装のJolinが出てくるのだが、白いほうがかなりツボだった。
Q:The last CD I bought (最後に買ったCD)
A:蔡依林「野蛮遊戯」
蔡依林の最新アルバム。四月末に発売されたものだけど、実際に大陸で出回ったのは一週間くらい後だったか。海賊版にひっかかったのも今となっては良い思い出となった。最近はネットで同アルバムのMTVを集めつつ、正規版のVCDもしくはDVDが発売されるのを待っているところ。
Q:Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
A1:蔡依林「看我七十二変」
おれがJolinの魅力に開眼するきっかけとなった記念すべき一曲。今だって悪くないが、この時期が一番かわいいと思う。
A2:ASIAN KUNG-FU GENERATION「サイレン」
ソニーのコピー防止策として生まれたレーベルゲートCDは、海外にいる場合はパソコン上で再生できない。ソニーも本当にくだらない技術を開発してくれたものだ。そのせいで、上海でCDプレイヤーを盗まれて以来彼らの曲のほとんどが聞けなくなったのだが、一番気に入っている曲はどれかと言われればこれになる。シングルで買うと、同じ曲名でアレンジが違うものが二曲入っているわけだけど、おれはその二曲目、いわゆる「暗い」ほうが好き。
A3:Cocco「焼け野が原」
おれは基本的に彼女みたいな痛い感じの歌手には弱いのだけれど、Coccoに関してはそこまで執着していたわけでは無かった。街中なんかで耳にするたびに気にかけてはいたけれど、自分で買うまでには至らなかった歌手だ。それでもここにランクインしているのは、この曲を聞くたびに思い出すことがあるからで、思い入れというとちょっと違うのかも知れないが、おれに強烈な印象を残していることは間違いない。
A4:孫燕姿「遇見」
なんだかんだと文句を書いてきた割にはけっこう気に入ってしまった孫燕姿。多分この曲が一番有名だろう。遊び友達に彼女の話題を振ってみたら「燕姿は胸が無いからだめだ」という答えが返ってきた。男の考えることなんて世界中どこにいってもこんなもんだ。
A5:佐野元春「月夜を往け」
佐野について語り尽くそうとしたら、必ずや何日も費やしてしまうことだろう。一曲選べというのもそもそも無茶な話だが、ひとまず最新アルバム「The Sun」の一曲目を。中国に持っていくCDを選ぶときに最初に決まったのがこれだった。「サムディ」しか知らないとかいう人には、まずその固定観念を捨てて「The Sun」か「フルーツ」を聞けと言いたい。
Q:Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)
これが難しい。id:queequegに先手を取られているからid:kenmaとかに送るとかぶってしまう。基本的にブログやってる人に送らないといけないし、色々考えてみるのだが今のところ三人しか思いつかない。希望者はコメント欄に名乗り出てくださいな(笑)。

古い友人二人と、最近できた友人が一人。問題はobJが二ヶ月以上更新していないことだが、まあいいや。shenguを入れてもよかったのだけど、ここはホル長に譲りましょう。
残る空席は二つ、先着順ですよ。

久々にこの言い訳を使いますが

酔ってます。けっこうまずいです。バトンは回ってきてるし、最近はいろいろとネタになりそうなことが起きてるんですが、今日は無理です。明日全力で更新しますので、今日は勘弁してください。

話がかみ合ってないですね

公私などという巨大かつ曖昧な論点はおれにはよくわからないのですが、まさか提督氏とて、日本や諸外国の公務員が全員高潔な人格者だとお考えのわけではないでしょうし、日本で起きている汚職事件を一つも御存知ないとは思えません。中国で賄賂が横行しているのは確かですし、おれもそうした話は数多く耳にしましたが、その理由は司法機関が独立していないという共産主義体制における制度上の問題に求めればすむことではないでしょうか。それと、14日の日記でおれが言いたかったことは、先のデモを中国のナショナリズムの発露だと捉えるべきだということではなくて、現代中国のナショナリズムは屈折しているという点です。提督氏がお考えのような、単純明快な傲慢さだと理解してよいものとは思えません。それゆえおれは「コンプレックス」という表現を用いたのです。近代以降の中国ナショナリズムは基本的に、過去の栄光と現在の悲惨という激しい落差の間ではぐくまれたものだと思います。まあこんなことはありふれた意見だろうとは思いますが。
靖国に関しては、どうもおれの意見を理解していただけていない気がしてなりません。失礼ながら、提督氏はおれが4月25日に書いた日記を読んでくださったのでしょうか。例えば、「基本精神」という字面だけでこちらの意見を理解しようとなされてはいませんでしょうか。基本精神とは、周恩来のスピーチに端的に現れた、中国の人民と日本国民とはいずれも日本の一部軍国主義者の被害者であるというもので、その見地から中国は賠償請求を放棄しています。こうしたことはすべて無知をわきまえたからには - Beijing日記に書いておきました。この基本精神についてはほかのサイトでもときおり言及されていますから、少し検索されてみてはいかがでしょう。ご自身のブログやサイトであればどんなことをお書きになろうとそちらの自由ですが、おれの日記で何かを議論したいのであれば、管理人たるおれの意見を理解する手間くらいは惜しまないで欲しいと思うのですが。
分祀したと嘘をつけとは一度も書いていないはずですが、噛み砕くとこういうことです。首相が公式参拝を続行するならば、分祀するべきでしょう。分祀をしないならば、公式参拝をやめるべきです。現状を維持して合祀したまま公式参拝をするというのであれば、最悪の場合、中国との国交と戦後賠償が再度問題化するでしょう。不況と累積赤字にあえぐ今の日本にこれ以上の負担を掛ける危険性を考えると、おれとしては現状維持が日本の国益にかなうものとは思えません。
遺族会の報道についてはご指摘感謝します。