反日感情についての雑感と、レスを

変な時間ですが、今日はこれから用事があって、夜は更新できないかもしれないので。
ピンボケということでしたら、角度を変えましょう。往復書簡めいてきましたが、まあこれも一興。
まずは民間といいますか、日常生活レベルでのことを話しましょう。中国は歴史上、仏教やイスラム教などさまざまな外来の文物を取り入れてきています。その痕跡はいたるところの寺院で見ることができますし、今なお息づいているものも多いわけです。この日記の旅行記では何度もそうしたものを書いてきました。現在については、諸外国の文化はもとより、日本文化が氾濫しているといっていい状態です。何度かこの日記にも書いているように、北京の本屋、CD屋、DVD屋、家電製品、ゲーセン、あらゆる場所で日本の製品を見ることができます。デモ参加者のブログや反日サイトの檄文は、日本製品ボイコットというスローガンと自分たちが享受してきた日本の文化や技術との関係について言及せざるを得なかったし、かのデモのスローガンが広汎な支持を得られなかったのもそうした矛盾のせいでしょう。日本の報道機関も皮肉を込めて報道したようですが、一般の中国人とて、日本製品排斥を叫ぶ連中が日本のデジカメを持っていることに矛盾を感じないわけはありません。
おれの出会った中国人はたいてい、現在の中国がまだまだ発展途上であると認識しているし、そうした欧米や日本よりも遅れているとの意識と平行して、その表裏一体のものとしてのナショナリズムは存在しますから、その角度から反日を議論するのは可能でしょう。また、これは以前大紀元について書いた際に引用した香港の掲示板で見かけた意見ですが「法輪功のような新興宗教が多くの人を魅惑するのは、現在の中国が思想的空白状況にあるからだ」というのです。リンクが切れてしまったようなのでうろ覚えで書きますが、改革開放路線が決まり資本主義の導入が一段落してから江沢民が政権についた際、彼の直面していた課題は、そうした国家体制の変化によって従来の思想が部分的に無効化されてしまった中国にあって、その空白を埋めて思想的統一を再構築することであって、その時期に勢力を拡大していた法輪功は国家の思想的統一を乱すものと考えられた、それゆえ江は法輪功を弾圧した、という内容だったと記憶します。江沢民と言えば最近の日本では愛国主義教育を開始したというイメージが強いでしょうが、かの掲示板の意見を応用してみると、愛国主義教育が出現した背景に思想的空白がある、また、愛国主義が一部中国人に熱狂的に支持される背景にはある種の欠落感やコンプレックスがある、という解釈も可能ですし、これはいずれもあり得る話だと思っています。「憤青」は中国でもけっして好意的に思われている存在ではありません。
そもそも、中国の文化的優位が無効になったという認識は中国近代化の原動力だったはずです。今の中国が自国の文化に最高の価値を認め、かつそれを理由に外国の文化を排除するなどとは到底思えませんし、当然、提督氏の所謂「駆逐」の根拠に中華思想があるとも思えません。神道中華思想が対立するがゆえに中国が靖国参拝を理解しないということではないでしょうし、靖国問題に関する中国政府の決定にも何らの影響も与えていないでしょう。以下、政府間の問題です。
中国政府の説明は具体的に問題の所在を提示しています。それは4月25日にこの日記に書いたとおりであって、最大の問題は日中共同声明の基本思想に抵触することです。声明は中国が賠償請求を放棄するという条項も含んでいますから、声明への背信行為が賠償請求の再燃を産むとしてもそれは論理的です。参拝が声明とは関係ないことを中国政府に対して証明できれば参拝を継続しても話は収まるでしょうが、現状でそれが成功しているとも聞きませんし、おれ自身もそんな証明は思いつきません。それゆえおれはA級戦犯分祀が「一番簡単だ」と書いたのです。中国政府は、日本の一般市民が靖国に参拝することに反対しているわけでもなく、戦犯の祭られていない状態であっても参拝するなと言っているわけでもなく、まして靖国を破壊しろといっているわけでもありません。それと日本側にときおり見られる「内政干渉だ」という反論が通用しない理由はこれであって、中国政府は政府間の約束に背くなと言っているわけです。もっとも小泉首相自身は内政干渉とは思っていないそうですが。
おれはその文脈にそって東京裁判のことを論じていたつもりであって、それゆえそちらが以前「裁くことの無意味さ」と言ったのはA級戦犯というカテゴリーや彼らへの判決、もしくは東京裁判そのものを認めないという意味だと思っていたのですが。そういうことであれば、中国との国交回復時の前提が崩れた以上、国交そのものと戦後賠償の再検討ということになるし、ひいては国連との関係すら見直さざるをえなくなる可能性もある。提督氏が、それらの危険を冒してでも中国と断交すべきだとお考えなのであればそれも一つの考え方ではありますが、遺族会すら配慮を要求してきた現在、A級戦犯を合祀し続けている今の靖国に参拝することにどれほどのメリットがあるのか、おれがいつも疑問に思うのはそこです。
最後に一つ。7日のコメント欄で提督氏が「鬼道」について引用されたサイトの記述は間違いです。『三国志』(歴史書のほうであって、演義ではありません)では道教の一派である五斗米道の開祖、張魯について「鬼道」という言葉を使っています。卑弥呼について使われている「鬼道」という表現に、国家や民族レベルでの差別意識を読み取ることはできません。