Chinaの車窓から 福建篇(1)

9日。朝8時に大学の哲学系に集合。前日にたまたま会った知人に聞いて初めてこの集合場所と時間を知った。こういう不手際はこの国では絶えず予想しなくてはならない。こっちに来てから二回目の朝飯抜きであるが、これは単純に自分が寝坊したせいなので文句は言えない、と思ったら時間どおりに来たのは半分くらいだった。その場で帰りの飛行機代を払う。本来なら列車で帰るはずだったのが変更になったのである。
今度の旅行は留学生が対象なので中国人は二人しかいない。引率の老師とその助手みたいな(未だに彼が何者だったのかよくわからない)人。残りはほとんどが韓国人で、日本人はわずかに三人、おれと、何度もこの日記に出ているMと、あと一人は顔を見たことがあるだけでまだ話した事の無いS、それにタイ人が一人。総勢で二十人ちょっと。
旅程を確認してからバスに乗る。遅れていた韓国人たちは食べ物なんかを買出しに行っていたようだ。皆すさまじい量の荷物を持っている。北京西駅から列車に乗り込んだのは午前10時ごろ。空腹を堪えかねたおれは列車に荷物を置いてから外へパンを買いに行った。ところが戻ってくると切符が見つからない。中国の列車は乗り込む時にも切符を見せる必要があるのでここで切符が無いとまずいのだが、しょうがないから「多分中に忘れた」と言って列車に乗ろうとすると駅員の小姐が本気でおれを止めにかかった。しかしここで折れるわけにはいかないので無視して列車に乗り込む。これで本当に切符が見つからないと大事だと思ってかなり焦ったが無事に見つかって一安心。明日の朝には武夷に着くはずである。約20時間ほどは列車にいなければならない。
動き出した列車の中でパンを食い始めたら正面にいた年長の韓国人が「一人で食べておいしいかい?」と言ってきた。朝飯がまだなんだと言って構わずに食べていたら、さっきの買出し班が買ってきた食料が皆に配られ始めた。このときになって初めて彼の真意を理解する。Mが事前に教えてくれたとおり、韓国人留学生たちはおそろしく手際がいい。
列車の中では何もすることがないので皆退屈する。おずおずと周囲の留学生たちと話はじめたが、Sとは寝台が離れていたせいもあり、また同じ日本人同士という気まずさもあって、何も話さずにいた。不思議な事に聞こえるかもしれないが、おれはこっちで日本人と付き合うのがもっとも苦手だ。
さきほどの年配の韓国人Zは日本に三ヶ月ほど滞在したことがあり、片言の日本語が話せる。さらに彼は、去年まで留学していたおれの日本のでの先輩O(といってもおれはOと話をしたことはないのだが)とも知り合いで、Oが教えた微妙な日本語を使ってくる。おれも昔習ったハングルで自己紹介なぞやってみせるが、ほかのハングルなんて一つも覚えてない。まあありがちな光景だが、やはり語学はなにかと役に立つと実感した。
河北・河南・湖北と列車は進んでいく。それにつれて、あちこちの携帯電話会社からメールが来る。本当にこういうところはマメな国だ。昼食には韓国海苔巻がもらえた。ほとんどピクニックみたいな気がしてくる。雑談と昼寝で時間をつぶし、夕食にはカップラーメンが。黙っていても食事が用意されているとはいいことには違いないが、金も払っていないのではいささか気が引ける。Mは去年も参加しているのだが、その経験に懲りて今年は断固として金を払うと息巻いていた。
食事がすむとZが食堂車で酒を飲もうと誘ってきた。彼らは白酒を持ってきているのである。かつて中国人学生たちと飲んだ白酒の味を思い出したおれは、まだ親しくない人間と飲むことにいささかのためらいを覚えたものの、それゆえにこそ飲まねばならないと思いなおして彼の提案に同意したが、Mはもともと酒が弱いので断った。
夜行にはもう何度も乗ったが食堂車は初めてである。いくつかの料理を頼んでから白酒が開けられる。おれ以外は皆韓国人の宴会である。するとZがOの教えてくれた飲み方とやらをおれにも教えてくれた。「慢慢(ゆっくり飲みましょう)」と言って乾杯の仕草をし、そしておもむろに一気飲みをするというやつである。つまり、ここからは激しく飲まなくてはいけないということだ。いやな予感も少しはしたのだが、例の中国人学生との飲み会や、杭州での飲みなどを思い出すとそれほど問題もないように思われて、結局Zや他の数人の韓国人と一緒に少しおしゃべりをしては「慢慢!」といって乾杯を繰り返した。
食堂車に入ったのは大体午後7時過ぎくらい、そこを出たのが9時くらい。当たり前だがだいぶ酔っ払った。それでもまだ意識はそれなりにはっきりしており、あとは歯を磨いて寝るだけだと思っていたら、別の寝台のほうから名前を呼ばれる。行ってみたらさっきの韓国人たちがビールを差し出してきた。あまりの手回しのよさにあきれ返りつつ、また、まだ飲むのかと驚きつつもビールを飲み始める。近くにSがいたので少しだけ彼と話す。もうこのくらいにはおれも相当酔っ払って、大声で笑いながら周囲と