Chinaの車窓から 上海篇(5)

周荘。

3日。おれは早々に起きて周荘に行かなくてはならない。Eがまだだるそうにしているので、12時まで粘って体力を養ってからチェックアウトするように勧めて出発した。
昨日の下見のせいで今日は迷わない。しかし出発に手間取ったせいで乗り遅れるのではないかと気が気でなかった。バスのチケットが、門票が込みになっているせいでまあまあの値段だったのである。バスに乗る直前に小さな出店でサンドイッチを、自動販売機でお茶を買った。どうにかバスに乗り込んで朝食にする。実際には、おれよりもずっと遅れてきた客がいたせいで発車が少し遅れた。しかしおれが感心したのは遅れた客を待つというところだ。
バスの中からは日本語や英語が聞こえてくる。それなりに名のとおった観光地なので当然だ。周荘は行政的には蘇州市に属する。「中国第一水郷」との謳い文句で知られるが、おれの目的は基本的に周荘の建物にあった。全体の六割が明清のものだと聞いている。上海からは二時間あまりの道のりだ。
道中で目に入るものはほとんどが住宅地である。よく整備された郊外の道路は片側二車線、中央分離帯は植え込みになっていてゆとりがある。道路両脇の街路樹の向こうに立ち並ぶのは例によってパステルカラーのマンション。このあたりの住人は上海に通勤するのだろうか。だとすれば、上海市内の渋滞が激しくなるのもうなずける。
道中、奇妙な物体を発見した。航空母艦に見える。ロシア海軍が不要になった空母を中国に売り払ったのは知っているが、まさかあれだったのだろうか。
やがて周囲には水が多くなってくる。幅の広い道路を離れ、おれたちのバスはその狭い舗装道路を、リヤカーや老人を慎重に追い越しながら進む。それから間もなく、午前11時頃に到着した。
帰りのバスは午後2時半、それまでは完全なる自由行動だ。5元を追加で払えばガイド付きのコースにできたのだが、南京の経験でガイドには懲りていた。
駐車場からまっすぐ西へと歩くと、しばらくは新しい建物が目立つ。やがて土産物屋になるのだろう。水郷の名が示すように、街区と街区の間にはたいてい運河があって、その上に何艘もの船が浮かんでいる。やがて期待通りの古建築が見えてきた。路地の幅は狭く、人間二人が並ぶともうゆとりがない。周囲の住宅はほとんどが今でも使われている。ただし、住人たちも観光客には慣れているようで、おれを見ても特に興味を示さない。以前行った五夫里との違いはそこだ。あそこの住民はバスすら珍しそうだった。
路地を進むと入り口があり、チケットにハサミを入れてもらう。実際にはそれまで歩いてきた路地だって周荘なのだが、ここからが本番ということなのだろう。入った先は運河が縦横に走り、その上を船がゆったりと進んでいく。目に入る建物はほぼ全てが古建築であり、これはかなり壮観だ。人が多いことと、土産物屋が日本語をしゃべることが玉に瑕だが、まあそのくらいはやむを得ない。さっそく中にある各種のスポットを見て回る。
昼近くなると、数多い食堂は従業員を外に出して客引きをさせ始める。おれ自身も昼食をどこで食べるかが気になりだしたころ、とある客引きの熱意に負けて一軒の店に入った。面が一杯10元はまあ観光地だということで目をつぶる。それに加えて、北京の知り合いがここの名物だと教えてくれた、豚の足を煮込んだ料理を頼む。なるほど美味かったのだが、いざ会計というときに店の親父が最初に聞いた額よりも10元多く要求してきた。おれが伝票をたてに抗議すると、茶が一杯10元だといい始める。おれが飲んだお茶はそんな高級品ではないし、そもそもおれが頼む前に茶が出てきたのだと言って食い下がるとようやく金を返した。まったく気力を消耗させてくれる。
帰りの時間が迫ったころ、最後にもう一ヶ所と思って博物館に入った。中にはなんと「私立」と書いてある。趣味で集めたものを展示しているのだ。しかもバカにできない量の展示物を展示していておおいに感心した。もしもおれが展示されている陶磁器などの真偽が見分けられるならもっと楽しかったろう。館主らしき親父に「あんたすごいよ」と言ってから駐車場に戻った。
上海に戻ったのは午後4時半ごろ。とりあえず携帯を持っているNに連絡を取り、上海駅で待ち合わせ。Eが遅れてくるというので二人で食事をしてから先に列車に乗り込む。ほどなくしてEも姿をあらわす。午後7時過ぎ、列車は北京に向けて出発した。
軟臥は四人で一つのコンパートメントで、一緒になった中国人がなんとなく居心地悪そうにしているのがどうしても気になってしまう。喫煙所にいったときにたまたま彼と一緒になったので少しだけ世間話をする。
長い旅行は終り、翌朝には北京である。そう思った時に、自分が北京に対して里心めいたものを感じているのに気がついて驚いた。南方も楽しかったが、やはりおれのホームグラウンドは北京だということなのだろう。帰ったら、まずは5日の長城行きの手配をしなくてはならない。